大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和40年(モ)2076号 判決

債権者 安富ナカ子 外二名

債務者 ユナイテツト・ネザーラント・ナビゲイシヨン・カンパニーことN・V・フエレーニヒデ・ネーデルランドツシエ・スケープフアールト・マートスカツパイ

主文

当庁昭和四〇年(ヨ)第四六九号船舶仮差押命令申請事件につき当庁が昭和四〇年六月二五日なした仮差押決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一申立

一  債権者

主文第一項同旨の判決を求める。

二  債務者

主文第一項掲記の仮差押決定を取消し、債権者の右申請を却下するとの判決を求める。

第二主張

一  債権者

(一)  申立の理由

(1)  債務者はシノウツカーク号((Sinoutskerk ))、セルフアースカーク号((Servaaskerk ))等多数の船舶を所有運航しているもの、債権者安富ナカ子は亡安富繁雄の遺妻債権者安富節子同根岸修二は右繁雄の遺児である。

(2)  昭和三八年七月一五日午後二時四六分ごろ東京湾浦賀水道久里浜沖において右シノウツカーク号は右繁雄他三名の乗船するヨツト一〇八一号に衝突これを大破沈没せしめて右繁雄を不帰の客たらしめた。

(3)  右衝突は、シノウツカーク号の船長が動力船と帆船とが互に衝突のおそれある方向に進行する場合動力船は充分の注意を払つて帆船の進路を避けねばならぬと定められている海上衝突予防法二〇条の規定に違反し見張りを怠たり湾内において一九ノツトもの過大な速力をもつて進行し右ヨツトを避航しなかつた重大な過失によつて発生したものである。

(4)  右不法行為により発生した損害は次のとおりである。

(イ) 安富繁雄の逸失利益金一四、二六四、二九〇円

同人は大正四年四月二一日生れで事故当時満四八才で余命二四年間十分働らき得る健康体であつた。なお、日本鋼管株式会社川崎製鉄所試験課長の職にあり平均年収一、九〇七、五六〇円を得ていた。従つて同人の逸失利益は右年収から同人の年間生活費六〇万円を控除した一、三〇七、五六〇円の二四倍である金三一、三八一、四四〇円となるがこれをホフマン方式を用い現在価格を算出すると金一四、二六四、二九〇円となる。

債権者らは各三分の一の割合による相続分により右金額を相続したからそれぞれ金四、七五四、七六〇円となつた。

(ロ) さらに、債権者らは一家の中心であつた夫または父をかかる不法行為により瞬時にして失つたのであるが、その精神的打撃は計り知れず、少くともその慰藉料は債権者安富ナカ子につき金二〇〇万円、同節子および修二につき各一五〇万円が相当である。

(5)  債務者は船主として前記船長がその職務を行うに当り過失により債権者らに対し加えた右損害を賠償する義務があるのにこれを支払わないので、止むなく債権者らは本訴を提起して支払を求めるべく準備していたが、債務者は外国会社で我が国には支店も財産もなくその所有船舶が本邦に寄港した際、これを仮差押しなければ後日本案において勝訴判決を得ても満足を得ることが殆んど不可能となるのでさきに前記損害賠償債権合計一九、二六四、二八〇円のうち金一千万円を被保全債権とし、横浜港に碇泊したセルフアースカーク号を仮りに差押える旨の決定を得たが、右決定はもとより正当であるからその認可を求める。

(二)  債務者の主張に対する反論

債務者の主張は全部争う。

(1)  一、九三〇年「船舶衝突ニ付テノ規定ノ統一ニ関スル条約」第七条は決して衝突事故を惹起した当該船舶以外の債務者所有の船舶を差押えることを禁止したものでなく、他に同趣旨を規定した条約もない。

(2)  本件被差押船の船長が本件仮差押決定の送達を受領することは特定航海に関連する行為として許されないわけでないから債務者の主張は失当である。

二  債務者

(一)  債権者の申立の理由に対する認否

(1) (2) は認める。(3) (4) は否認、(5) 中債務者が外国会社で我が国には支店も財産もないこと、債権者がその主張の仮差押決定を得たことは認めるがその余は否認

(二)  本件仮差押は次の理由により失当であるからこれを取消しその申請は却下さるべきである。すなわち

(1)  一、九三〇年九月二三日調印され日本およびオランダ国も批准している「船舶衝突ニ付テノ規定ノ統一ニ関スル条約」第七条の規定は、衝突事故を惹起した当該船舶以外の船舶の差押を禁止しているに拘らず本件仮差押ではこの規定に違背しかかる特定船舶以外の債務者所有船舶を差押えたのは違法である。

(2)  さらに、本件被差押船の船長は当該船の当該航海とは何ら関係ない他船の衝突事故により生じた損害賠償債権を被保全債権とする仮差押書類の送達を受ける何ら権限も有しないから本件仮差押は違法である。

第三疏明〈省略〉

理由

一、(裁判権の有無と準拠法について)

債務者がオランダ国に本店を有し日本に支店とか被差押船のほかに財産を有していないことは当事者間に争いないところ、本件は日本に居住する日本人たる債権者らが原告となり右債務者を被告とし債務者所有のシノウツカーク号が訴外亡安富繁雄の乗船していたヨツトに衝突し同人および債権者らに加えた損害を賠償請求する訴を本案とし右損害賠償債権を被保全債権として債務者所有のセルフアースカーク号が横浜港に寄港したのを仮差押えした決定の再吟味をするものであるが、かかる仮差押決定をなす裁判権の有無は訴訟要件に関するものであるから先ずこの点につき判断することとする。

一般に船舶が衝突した場合その衝突より生ずる損害賠償の訴訟事件を扱う裁判所は加害者たる被告国の裁判所か、被害者たる原告国の裁判所か、衝突地の国の裁判所か、加害又は被害船舶の所在地の国の裁判所か、船籍国の裁判所かに関しては古くから争われ、ために国際的統一法運動が展開され、一、九五二年「衝突についての民事裁判管轄に関する若干の規定の統一のための条約」も成立している。この条約によれば原告は差押地を管轄する裁判所(または担保を供した地の裁判所)、衝突が港湾または内水で生じたときはその衝突地の裁判所等を選択して訴を提起できることとなつているが、この条約に未だわが国は批准ないし加入していないから直接この条約を基準とし判断することはできない。かかる場合の裁判管轄については広く一般の国際的私法事件と同様他によるべき条約もなく一般に承認された明確な国際法上の原則も確立していないから現在のところ一般の民事裁判権の範囲の問題として理論的に考えるほかはない。

本来国の裁判権はその主権の一作用としてなされるものであるから、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であり被告が外国に本店を有する外国法人の場合はその者が進んで服する場合のほかは日本の裁判権は及ばないのが原則である。しかしながら、この例外として自国となんらかの関連ある事件については主権の及ぶ限り当事者所在の如何を問わずこれに裁判権を及ぼし得ることあるを否定するのでなくその範囲については各国の自由に定めるところといわねばならない。しかし我が国では法律で直接この範囲について規定していないので、民訴法の土地の特別管轄の規定から逆にたとえば日本国内に特別の土地管轄を有する者は原則としてわが裁判権に服するものと推知するとか理論によつて決するほかはないであろう。

たとえば民訴法八条は差押うることを得べき被告の財産があれば被告が外国人で日本に住所がなくともその財産所在地の日本の裁判所に土地管轄を認めている。もとより土地管轄の規定は裁判権あることを前提としたものであり、かかる場合は判決の実効を確保できるので特に裁判権を認めたものというべく、その財産が土地と結びつきのうすい動産であろうと偶然存在したものであろうと問わないものと解する。

ところで本件の場合成立につき争いない疏甲第八号証真正に成立したと認められる疏甲六、七号証によれば昭和四〇年六月二五日横浜港へ債務者所有のセルフアースカーク号が寄港し未だ出航準備を完了していなかつたことが認められるので差押うべき(何ら差押禁止されていないこと後記のとおり)財産の所在地の当裁判所に対し債権者らはたとい債務者が日本に本店なく、支店なくとも、同社に対する損害賠償の訴を提起し裁判を求めることができ、当裁判所はその裁判権を有するものと解すべきである。(本件につき義務履行地ないし不法行為地裁判所としてわが裁判権肯定の余地あることに関しては省略する。)

このように本案の訴につき裁判権を有する以上本案事件の執行保全のための仮差押事件につき裁判権を有すること論をまたない。かく本件について解することは前記条約の精神と合致することはあつても背馳することはない。

なお、本件衝突地は前記のとおり日本の領海内であるから法例一一条により本件不法行為による損害賠償債権の成否に関する準拠法は不法行為地たる日本の法律によるべきである。

二、(被保全債権の存在)

前項に於て既に認定したとおり債務者は、その所有せる船舶の船長がその職務を行うに当りその船舶を安富繁雄乗船のヨツトに衝突せしめて同人を死亡せしめたことが認められまた、成立につき争いない疏甲第三号証によれば同船長に債権者主張のとおりその衝突につき過失が認められるので商法六九〇条により因つて加えた損害を賠償する責任がある。

債権者らの身分関係については当事者間に争いなく、前掲疏甲第三号証、真正に成立したと認められる疏甲第四号証の一、二、三および弁論の全趣旨によれば債権者らは申立の理由(4) 主張のとおりの損害を蒙むつたことが一応認められ、また右損害が右衝突と相当因果関係の範囲にあることも認められるから債権者らが債務者に対し債権者主張の損害賠償債権を有していることが疏明されたというべきである。

三、(仮差押の必要性)

債務者が日本国内に支店も財産もないことは当事者間に争いなく、成立につき争いない疏甲第五号証によれば債務者は前記賠償責任を否定していることが認められる。従つて、前記認定のとおり横浜港に碇泊し未だ出港準備を完了していない債務者所有のセルフアースカーク号を仮差押する必要があつたこというまでもない。

四、(仮差押は加害船に限るか。)

債務者は衝突加害船に非ざる債務者所有の船舶の仮差押は一、九一〇年「船舶衝突ニ付テノ規定ノ統一ニ関スル条約」第七条により禁止されている旨主張するが同条は単に損害賠償債権の時効に関する規定に過ぎないから所論は採用できない。のみならず、仮差押決定表示の被差押船舶が所論のとおり差押禁止物件であるか否かは執行手続上の問題であり、それらの点に関する違法は民訴法五四四条の執行方法の異議により救済さるべきで仮差押命令に対する異議で論議さるべき事柄でない。(最高裁昭和三二年一月三一日判決民集一一巻一号一八八頁参照)

五、(被差押船々長が仮差押命令送達受領権限なき旨の主張について)

被差押船の船長がその船を仮りに差押える旨の決定書の送達を受ける権限は特定の航海に関する行為として当然有するのみならず、かかる船長の送達受領権の有無の問題は仮差押決定自体のかしとはなんら関係ない。

六、(結論)

よつて、債務者の反論はいづれも理由なく、さきに説示したところによれば本件仮差押決定は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田口邦雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例